▲沖島の民家
琵琶湖に浮かぶ沖島は戦略的にも重要な位置にあり、戦国時代には様々な活躍をしたと数々の歴史書によって記されています。
室町時代には、八代将軍足利義政が琵琶湖を行き交う船の監視と取締りを島民に命じたとされ、今でも島民はその場所を「番所山」と呼んでいます。
又、織田信長は、浅井長政に対して行った「手筒山の戦い」や「小谷城攻め」の際に島民に船を差し出すよう命じ、これらの戦いで活躍した手柄として、信長より感謝状と琵琶湖一里四方を沖島住民専用の漁場とする特権を与えられました。
豊臣秀吉の「文禄の役」(一五九二)でも朝鮮出兵に従事し、徳川家康の石田光成への「佐和山城攻め」においても水軍として活躍しました。以後も、時の権力者から航路の警備、輸送などの重要な任務の見返りとして漁業権の特権は認められ続けました。
▲沖島漁港

▲沖島の夕景

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